浮世絵とは何か、その種類と歴史を解説

浮世絵、赤富士の画像

浮世絵という言葉から、何をイメージするでしょうか。
あの北斎の「赤富士」でしょうか、広重の「東海道五拾三次」の雪の「蒲原」でしょうか。
誰でも何かひとつは強烈な印象をもって脳裏に焼きついているものはあるでしょう。
いまや浮世絵は知らない人がいないほどになりました。
記念切手やらなにやらにしばしばそのデザインが用いられ、私たちの日常生活になじみは深い。

1856年、フランスの画家ブラックモンが日本から送られてきた陶器の包み紙に使われていた「北斎漫画」の紙片を発見し、マネ、ドガら友人達に見せて回ったという、印象派誕生の発端となったエピソードは有名です。
また1867年、パリの第二回万国博へ出品されて以来、海外で高く評価されてはいたものの、自国内ではおおむね懐古趣味者の愛玩物とみなされていました。
第二次世界大戦後、これまで軟弱で非国民的と軽蔑されてきた日本独自のこの庶民美術は広く市民権を得ることになりました。


浮世絵という言葉は、いつごろから使われるようになったのでしょうか。
中世以前、庶民はたびたびの戦乱にまきこまれ、貧困で、生活が悲惨であった頃、仏教の思想により、現世は「憂き世(うきよ)」で無常の世と考えられ、来世の極楽浄土へ行くことが人々の願いでした。

15世紀の後半、長い応仁の乱の戦火をくぐりぬけ、平和がおとずれました。
中世末期、新興の武家に支配権が移ると、庶民は、現世はつかの間の明るさといわんばかりに享楽を求め、「憂き世」はいつしか浮き浮きと気楽に暮らす「浮世」と言われるようになりました。
やがて「浮世」とは現代風、当世風という意味を持つようになり、この言葉がはじめて記録されたのが江戸時代も寛永18年。
やがて天和2年の井原西鶴の「好色一代男」では「扇も十二本 祐善が浮世絵」と記され、浮世絵はすでに大衆の知るところとなっています。
この頃には「浮世」は流行語となり、「浮世ござ」「浮世帽子」とはやりの新製品の名に冠して盛んに用いられました。
浮世絵もこれら商品と同じように時代の最先端をいく新しい絵画であったのです。

浮世絵の種類

浮世絵は肉筆画と版画に大別することができます。
今まで一般的に浮世絵というと版画を指していました。
これも、大量にあり、しかも木版画としての表現の多様さ斬新さに惹かれた西欧人の評価に追従するかたちで版画中心で評価されていたことによります。
また肉筆画は数も少なく真贋の判定が難しいものも多いことから研究が遅れていることにも起因しています。
肉筆浮世絵は、絵師が一筆一筆に精魂を込めて自らの筆で描いた直筆画です。
主に裕福な階層の人からの依頼で描いた一点製作で、誰でも買えるものではない高価なものです。

肉筆浮世絵は、その形式上、「屏風絵」「絵巻」「画帖」「掛物絵」「扇絵」「絵馬」「画稿」「版下絵」に分類されます。

浮世絵版画は、一枚摺と冊子状の版本の2つに分けられます。


浮世絵版画の製作工程

商品である浮世絵版画は版元・絵師・彫師・摺師の4者による共同作業で作られます。
その製作順序は下記のようになっています。

①版元は企画をたて、絵師に作画を依頼する
②絵師は墨一色の線描きによる版下絵を描く
③版元は版下絵を絵草紙掛の名主に提出し、出版許可印を捺してもらい彫師に渡す。
④彫師は版下絵を桜の版木に裏返しに貼り、主版を彫る。
この時、絵師が描いた版下絵は彫刻刀で彫られて消滅する
⑤摺師は主版の墨摺を十数枚摺り絵師に渡す。
⑥絵師は校口摺に各色版別に朱で色指しする。
また、さらに着物の模様など細かい部分を描きこむ。
⑦彫師は指示に従い色版を彫る。
⑧摺師は絵師の指示通りに試し摺を作る。
⑨摺師は絵師のOKが出れば初摺200枚を摺る。
売れ筋の商品は最初から200枚以上の見込み生産をする。
⑩絵草紙屋より販売する


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