本当にあった不思議な心霊体験談

ホーラな怖い画像

あれは去年の暮れ、引っ越しをしてすぐのことでした。

いつものようにレッスンを終えた僕は、自宅がある駅に降りました。
いつもならCDショップで暇をつぶすところでしたが、本番を間近に控え、そんな余裕もなく、加えて雲行きも怪しくなってきたので、急いで帰るしかありません。
朝の天気予報では晴れるといっていたので、傘も持たず、霧雨が降りはじめた空を恨めしく見上げながら、交差点にさしかかりました。
赤信号をイライラしながら睨んでいるうちに、急に大粒の雨が降ってきました。

ヘッドライトをつけた車がつぎつぎと目の前を通り過ぎていきます。
道の向こうに建つお寺の石碑も霞んで見えました。
信号横の街路樹の下に立ってみたものの、雨をよけることはできません。
ケースのなかのヴァイオリンが濡れるのではないかと、気が気ではありませんでした。

信号が青に変わるころには、家まで楽器の心配をしながら走るより、お寺の軒下ででも雨宿りしたほうがいいのではないかという結論を出していました。
僕は横断歩道を渡ると、雨に濡れてまだら模様になった山門を目指して走りました。


山門の下をくぐり、境内に入ると、しっかり水を含んだスニーカーが一歩踏み出すごとに、グチャグチャと音をたてました。
運のいいことに本堂に隣接した茶屋に明かりがともり、のれんが出ていました。
入ってみると、お客は誰もいなくて、雨のせいか、妙に湿っぽい空気が漂っていました。

声をかけると、しばらくして、奥のほうから愛想のよさそうなおばあさんが出てきてくれました。
僕が何を注文しようかと考えあぐねていると、おばあさんはお茶を入れてくれ、僕の持っているヴァイオリンのケースを興味深げに見ています。
おばあさんは僕に「何か、弾いてくれないか」と少し遠慮しながらも話しかけてきました。
僕には断る理由もなく、雨宿りのお礼にと思い、バッハの「G線上のアリア」を聴かせてあげました。

おばさんは効き終わると、満足そうに頷き、急に何かを思い出したかのように、「すぐに戻るから」と一度奥に引っ込んでしまいました。
このとき、おばあさんの後ろ姿を目で追いながら、僕は何かしら違和感のようなもんを感じていました。
おばあさんの動きが、歩くというより、地面の上を滑っている・・・そんな感じに見えたのです。

やがて戻ってきたおばあさんは、黒いヴァイオリンのビニールケースを抱えていました。
そして、ケースを開け、なかから弓をとりだすと、いきなり「この弓を引き取ってもらえないものかね」といいます。
少し考えてから、僕は丁重にお断りしました。
おばあさんの事情はわかりませんが、ヴァイオリンとの相性もあるし、なんとなく気味が悪いという気もしたらかです。


いつの間にか、雨は止み、あたりは静けさに包まれていました。
僕は、「もう帰らないと、遅くなるから」とおばあさんいお礼をいって、ヴァイオリンケースを肩にかけると、外に出ました。

そういえば何も注文しなかったなと思いながら雲間に覗く月を見上げ、帰宅しました。
そして、レッスンの復習をしようと、ヴァイオリンケースを開けた僕は、生まれて初めて自分の目を疑うという経験をしました。
あの、おばあさんのヴァイオリンケースに入っていたはずの弓が出てきたのです。
キツネにつままれた、というのは、こんなときのことをいうのだと思いました。

恐る恐る手に取ってみると、それは普通の弓でした。
張ってある毛は新しく、よく手入れされています。
あのおばあさんとヴァイオリンという組み合わせも不自然でしたし、受け取らなかった弓がここにあること自体、信じられないことでした。

不可解なことで、そのままにしておくこともできません。
僕は翌日、茶屋に出かけていきました。
手品のように僕のケースに入った弓を返そうと思ったのです。
ところが・・・

昨日の茶屋には明かりもついていませんでした。
いいえ、それだけではないのです。
そこは、茶屋だったらしいというだけの、荒れ果てた廃屋になっていたのでした。

もう、一刻も早く外へ出ようとしたとき、僕の目は机の上に釘づけになりました。
そこには、僕が昨日使った湯飲みがポツンとひとつ、置かれていたのです。

急いで、お寺に走り、住職さんに聞いてみると、その茶屋は儲からないうえに、つづける人もいなくなったので、10年も前にたたんだのだということでした。

おばあさんの話もしてみましたが、信じてくれたのかどうかもわかりません。
それに、もう昔のことなので、どんな人が茶屋を開いていたのかはわからないということでした。

おばあさんから預かってしまった弓は、棄てるわけにもいかず、僕はいまでもサブとしてときどき使っています。


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